2026/8/7

最大の成果を出す方法とは?

旗本の娘

江戸の頃、幕府に仕える旗本の一家が、拝領した屋敷へ移り住む道中の話を聞いたことがある。

母と娘は籠に揺られていた。やがて娘は籠を降り、自分の足で歩き出す。しばらくは物珍しさもあって元気だったが、道が続くうちに音を上げた。もう歩けない、籠で運んでほしい、と道端で騒ぎ出す。

母は娘を叱った。厳しく、しかし突き放すのではない声で、こう言ったという。

「籠はあなたのためにあるのではありません。幕府に仕える父上を支えるために、母と娘に与えられたものです」

私はこの一言が、ずっと頭から離れない。

籠は娘の快適さのための道具ではなかった。父が務めを果たすために、家の者が体裁を保ち、疲弊せずにいられるようにと、役目に付随して与えられたものだった。娘が籠に乗ること自体は間違いではない。間違っているのは、それを自分の権利だと思い込むことだ。

この違いは、そのまま組織の話になる。

チームには役割がある。そして役割には、多かれ少なかれ、何かが付いてくる。肩書き、裁量、予算、情報、人の時間。それらは個人に贈られた褒美ではなく、果たすべき務めのために預けられたものだ。預かりものだと分かっている人は、使い方が変わる。自分が楽をするためではなく、成果が最大になるほうへ回そうとする。

サッカーでたとえるなら、こういうことだ。

入ったばかりの選手が、フォワードをやりたいと騒ぐ。目立つポジションだからだ。だが能力も経験もまだ足りない。そこで無理に前線に立てば、チームは崩れる。今の自分にできるのはどこか。仮にそれがベンチであっても、スタンドから声を出す側であっても、その場所で勝利に最も寄与する働きをする——そう考えられる人間が、結局は次にピッチへ呼ばれる。

誤解のないように言えば、これは「身の程を知って引っ込んでいろ」という話ではない。まったく逆だ。今の自分に何ができるのかを真剣に考え続け、その刹那に全力を出すこと。それは謙譲ではなく、むしろ最も攻撃的な姿勢である。与えられた場所を全力で埋めた人だけが、次の場所を要求する資格を得る。

そして、一人ひとりがそれをやり始めたとき、チームの成果は個人の総和を超える。誰もが自分の見せ場だけを追いかける集団は、上手い選手を集めてもなぜか勝てない。逆に、それぞれが今この瞬間に自分がなすべきことを見定めている集団は、想像を超えたところまで届く。旗本の母が娘に伝えたかったのは、おそらくこの一点だったのだと思う。

家族でも同じだ。会社でも、国でも変わらない。

ただし、これには前提がある。自分が属するその組織の、これから先を本気で考えているのなら、という前提だ。籠を自分のものだと思っている限り、その人は結局、籠と一緒に運ばれていくだけの存在で終わる。

自分に預けられているものは何か。それは誰の、何のために与えられたものか。

たまには立ち止まって、自分の籠を眺めてみるといい。

筆者:

齊藤壮太

1985年生まれ、横浜・世田谷育ち。学生時代は體育會剣道部、體育會本部に所属。大学卒業後、大手総合商社の18年超のサラリーマン経験を経て、2024年に起業。不動産デベロッパー業務、アパレルOEM、自動車ディストリビューター・ディーラー、製紙事業、経営企画、ERP刷新PJに携わる中で所属した5つの組織が解体された。経営管理、予算・事業計画策定、原料調達、規程・制度導入、システム要件定義・PJ管理・推進、ロジスティクス管理業務など幅広い業務に従事。起業後は、日本食文化を世界に残すための取り組み、寺子屋講師、経営者のサポートなど幅広い実践経験を通じ、ハンズオンで柔軟に経営課題に真摯に取り組んできた。

編集後記

御恩には奉公で応える。武家の世を支えたのはこの単純な往復だった。だが奉公の前に、まず御恩を「御恩」と感じ取れなければ話は始まらない。 与えられたものを当然の権利と受け取る感性のまま育った人間は、その組織に属す資格すら持ち合わせていない、と言っては厳しすぎるだろうか。

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