2026/8/14

評価とは何か?

評価という言葉を、我々はあまりに軽く扱っている。年に二度、五段階の表を配られ、どこかに丸をつけ、短いコメントを添える。それで人ひとりを評価した気になる。所要時間、一人あたり十五分といったところだろう。

だが評価とは本来「値付け」である。そして値付けには責任が伴う。骨董商が壺を見て百万円と言うなら、彼はその百万円を自分の腹から払う覚悟がなければならない。外せば損をする。損をするから真剣に見る。真剣に見るから目が肥える。目利きとは、失敗を自分で被り続けた人間にだけ宿る能力だ。

翻って、会社の評価はどうか。評価者は自分の懐を一円も痛めない。市場から隔離された社内通貨で点をつけ、その点が外れても誰も問われない。B評価をつけた部下が三年後に大化けしても、あるいは辞めて競合の主力になっても、当の評価者の等級は微動だにしない。責任を負わない値付けは、目利きではない。事務処理である。

そして事務処理には様式がある。厄介なことに、様式は整えば整うほど中身を問わなくなる。「コンピテンシー」「行動評価」「多面観察」。立派な言葉が並ぶほど、評価者は言葉の後ろに隠れられる。試しに問うてみるといい。「なぜこの人はAで、あの人はBなのですか」。返ってくるのはたいてい制度の説明であって、人物の説明ではない。自分の言葉で人を語れない者が、人を裁いている。

値付けとは、時間の関数である

見落とされがちな点がある。値付けとは、本来「時間を含んだ判断」だということだ。

株を買う人間は、今日の株価だけを見て買うのではない。この会社が三年後にいくら稼ぐか、どんな負債を隠しているかを見る。土地を買う人間は、周辺の再開発計画を調べる。値付けとは、将来まで含めて全部を勘定に入れる行為である。今この瞬間の見栄えだけで値をつける者は、目利きではなく、単なるカモだ。

ところが会社の評価は、ほぼ例外なく単年で切られる。四月から三月まで。この十二か月の中で何が起きたかだけを見る。翌年に爆発する地雷を埋めた人と、今年その地雷を掘り出して処理した人は、同じ紙の上では前者のほうが良く見える。前者は数字を出しており、後者は数字を落としているからだ。

責任を負わない評価者が、単年の窓から人を見る。この二つが組み合わさったとき、評価は必ず腐る。腐り方は次回に詳しく書くが、要するに「将来のツケで今を買った人」に高い値がつく。骨董の目利きが、剥がれかけの金箔を見て「よく光っている」と言うようなものだ。

評価は三つの仕事を同時にやらされている

そもそも評価には、本来三つの異なる機能がある。この人にいくら払うかという値付け。次に何を任せるかという選別。そして本人に現在地を伝える指導だ。

三つは本来まったく別の作業である。値付けは原資の制約下で相対的に行われる。選別は将来を見る賭けだ。指導は個別具体的で、相手が受け取れる形でなければ意味がない。時間軸も、必要な情報も、話す言葉すら違う。

ところが多くの会社は、これを一枚の紙で同時に処理しようとする。結果、三つとも失敗する。報酬は原資の都合で先に決まり、選別は入社年次でおおよそ決まり、指導は「来期も期待しています」で終わる。残ったのは紙だけだ。紙の提出率だけが、毎年きちんと百パーセントを維持している。

本来の評価者は市場である

忘れられがちだが、人と仕事の値を最終的に決めるのは市場だ。顧客が買うか買わないか、他社がその人を欲しがるかどうか。社内評価は、その市場評価を社内で代行しているにすぎない。あくまで代理である。

代理が代理であることを忘れた瞬間、制度は腐りはじめる。社内でしか通用しない振る舞いが高く評価され、市場で値のつく能力が「協調性に欠ける」として減点される。数年も回せば、社内評価と市場評価は完全に乖離する。乖離に最初に気づくのは、転職市場に出た本人だ。社内でA評価を取り続けた人を、外では誰も欲しがらない。この落差ほど残酷なものはない。

評価とは、他人の人生に値札を書く行為である。その重さに耐えられない者は、本当は評価者になってはいけない。だが我が国の会社で、耐えられるかどうかを問われた人間は一人もいない。ある日、課長になっただけである。

筆者:

齊藤壮太

1985年生まれ、横浜・世田谷育ち。学生時代は體育會剣道部、體育會本部に所属。大学卒業後、大手総合商社の18年超のサラリーマン経験を経て、2024年に起業。不動産デベロッパー業務、アパレルOEM、自動車ディストリビューター・ディーラー、製紙事業、経営企画、ERP刷新PJに携わる中で所属した5つの組織が解体された。経営管理、予算・事業計画策定、原料調達、規程・制度導入、システム要件定義・PJ管理・推進、ロジスティクス管理業務など幅広い業務に従事。起業後は、日本食文化を世界に残すための取り組み、寺子屋講師、経営者のサポートなど幅広い実践経験を通じ、ハンズオンで柔軟に経営課題に真摯に取り組んできた。

編集後記

「評価」の反対語は「無関心」だと長く思っていた。最近は違うと思う。反対語は「様式」だ。様式は、無関心を上手に隠すために発明された。

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