2026/9/7

SNSは禁止すべきでは無い。

先に結論を書く。SNSは禁止すべきではない。あれは若者にとっての水道であり、電気であり、道路である。

私が子どもの頃、知識の入手先は三つしかなかった。学校の先生、家にある本、そして近所の物知りおじさん。地方に生まれた子は、それだけで人生の情報量が都会の子の十分の一だった。いまはどうか。青森の高校生が、東京の大学教授の講義と、シリコンバレーのエンジニアの愚痴と、京都の職人の手つきを、同じ日の午後に見られる。これは革命である。知識の共有速度が上がり、若者の世界の幅が広がった。この蛇口を閉めろという議論に、私は与しない。

問題は、蛇口ではなく、飲み方のほうにある。

電車の中のエビ

夕方の電車を見渡してほしい。全員が同じ姿勢をしている。首を前に折り、腰を丸め、両手を腹の前で合わせ、光る板を拝んでいる。エビである。人類は数百万年かけて背骨を伸ばして立ち上がり、二十年でエビに戻った。

歩きながらも拝む。信号待ちでも拝む。エレベーターの十五秒でも拝む。

ここで一つ、意地の悪い質問をしたい。昨日スマホで見たものを、三つ挙げられるだろうか。

たいていの人は挙げられない。二時間見て、何も残っていない。記憶に残らず、思考も動かず、何も生み出していない。パチンコ台の前に座っていたのと、脳の中身は大差ない。スクロールは、要するにスロットのレバーである。次に何が出るかわからないから、指が止まらない。

そのうえ、画面に流れてくるのは全部いいものだ。海の見えるホテル、整った顔、若くして成功した誰か。人は他人の人生のハイライト集と、自分の楽屋裏を並べて比べる。当然、負ける。負けて、しばらく呆然とする。そこで考えるのをやめる。

アリの増殖

前に「AIの裏側③ - AIの何が怖いのか?人間を超えるAI誕生以上の恐怖」で、みんなが同じカーナビを積んだら同じ道が渋滞する、という話を書いた。SNSはそれを、もっと原始的な形でやっている。

アリは、前を行くアリが残した匂いの跡をたどって歩く。なぜその道なのかは考えない。前のアリが行ったから行く。誰かが円を描いて歩き出すと、群れ全体が同じ円をぐるぐる回り続け、力尽きて死ぬことがある。「輪状の死」と呼ばれる現象だ。

バズった方向へ全員が歩く。今日はこれが正しいことになっていて、明日は別のことが正しいことになっている。理由は誰も知らない。匂いがそっちに向いているだけである。人間以下の生き物が、こうして毎日増えていく。

作った人間は、自分の子に食べさせない

規制の話が出てくる場所が、また面白い。

オーストラリアは2025年12月10日、16歳未満のSNS利用を制限する法律を国として世界で初めて施行した。EUでも最低年齢を16歳とする議論が進み、イギリスも同様の措置を検討している。そしてシリコンバレーでは、そのアルゴリズムを作った当のエンジニアたちが、子どもをスクリーンのない学校に通わせている。

自分で作った料理を、自分の子には食べさせない。これほど雄弁な品質表示もない。

ただし皮肉な後日談がある。豪州では施行から3カ月後、16歳未満の約86%が依然としてSNSを使い続けていた。禁止すれば人が賢くなるなら、世の中はとっくに賢くなっている。

育てるべきは、腹を立てる若者である

ここが本題だ。

自分の使い方を改めた経営者が一人増えたところで、世の中は一ミリも変わらない。私が30分スマホを我慢しても、明日の電車はやはりエビで満席である。変わるとしたら、次の世代からしかない。

だから禁止ではなく、教育である。車は危ないから禁止、とは誰も言わない。教習所を作り、免許を出し、事故の写真を見せる。スマホだけが、免許も教習もなしに十歳の子へ手渡されている。教えるべきは操作方法ではない。「いまの三十分は、誰に売られたのか」を自分で計算する力だ。

そしてその教材は、実は毎日、目の前に無料で転がっている。電車の中の、首を折った大人たちである。

若者に見せるべきなのは、成功者の講演ではない。二時間スクロールして何も覚えていない大人、他人の暮らしと比べて不機嫌になる大人、匂いの跡をたどって円を回り続ける大人。それを見て「冗談じゃない、ああはなるまい」と腹を立てられる子を、どれだけ育てられるか。憤りは、思考の着火剤である。物わかりのいい若者ばかりの国は、静かに沈む。

我々の世代にできることは、二つしかない。まともな手本になるか、せめて出来のいい反面教師になるかだ。前者になれる自信がないなら、後者を全力でやったほうがまだ社会の役に立つ。

SNSは禁止すべきではない。禁止すべきものなど、ほとんどない。ただ、次の世代に「考える理由」を渡さないまま板だけ渡したなら、それは渡した側の怠慢である。

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筆者:

齊藤壮太

横浜・世田谷育ち。学生時代は體育會剣道部、體育會本部に所属。大学卒業後、大手総合商社のサラリーマン経験を経て、2024年に起業。20年近い商社勤務の中で、不動産デベロッパー事業、アパレルOEM事業、自動車ディストリビューター・ディーラー事業、製紙事業、経営企画、ERP刷新PJ統括、デジタル推進組織に携わり、うち所属した5つの組織が解体された。従事した業務は、経営管理、予算・事業計画策定、M&A・PMI推進、原料調達、規程・制度導入、システム要件定義・PJ管理・推進、ロジスティクス管理業務など多岐にわたる。起業後は、日本食文化を世界に残すための取り組み、寺子屋講師、経営者のサポートなど幅広い実践経験を通じ、ハンズオンで経営課題に真摯に取り組んできた。

編集後記

この原稿を書きながら、私は四回スマホを見た。うち三回は通知ですらなく、ただ手が伸びた。反面教師としては、なかなかの出来だと思っている。

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