2026/8/31

AIの裏側② - データサーバーの9割はいらない

前稿「サーバー投資が生む世界の恐慌」で、サーバー投資が「もう技術革新は起きない」という前提で組まれていないかと書いた。今回はその手前の話をしたい。

そもそも、そこに入れる中身は要るのか。

倉庫を建てるとき、まともな経営者はまず在庫を見る。何がどれだけ動いていて、何が三年間ホコリを被っているか。棚卸しをせずに倉庫を増築する社長がいたら、銀行は融資を止める。当たり前の話だ。

ところがデータになった途端、この当たり前が消える。棚卸しをしないまま、倉庫だけが建っていく。

数字を挙げよう。フォレスターは、企業内のデータの七割超が戦略的な目的に一度も使われていないとしている。ガートナーは、収集・保存されただけで活用されないデータ――いわゆるダークデータ――が企業データの過半を占めると指摘する。カーネギーメロン大学の研究者に至っては、ビジネスデータの九割以上がダークデータだと述べている。シーゲイトの調査でも、企業が使えるデータのうち実際に活用されているのは三分の一に届かない。

つまり、我々が電気代を払って冷やし続けている装置の中身は、その大半が二度と読まれない。

では、何が入っているのか。

一年以内に閉店する飲食店の「おすすめ」動画。誰も興味のないオシャレな店に行きましたという記念写真。ブランド店の前で、あさっての方向を見ている人の全身写真。あれは、ブランドを着ているのではない。ブランドに着せられている。

こうしたものが日々、何億件と生成され、複製され、バックアップされ、三重の冗長性をもって永久保存されている。承認欲求の排泄物に、我々は原子力発電所いくつ分の電力を割いているのだろうか。

念のため言えば、私は他人の趣味を裁きたいのではない。撮るのは自由だ。上げるのも自由だ。問題は、それを「ビッグデータ」と呼んで、資産として保存する前提が誰にも疑われていないことである。

必ず出てくる反論は分かっている。「価値は後から分かる。だから全部取っておくべきだ」。

もっともらしいが、これは選別の放棄を、謙虚さの言葉で包んだだけである。同じ理屈で人は倉庫を借り、実家の物置を埋め、そして一度も開けない段ボールに一生分の保管料を払う。何が価値を持つか分からないという命題は、何を捨てるか決めなくていいという結論を、一ミリも導かない。むしろ逆だ。分からないからこそ、基準を持たねばならない。

そして、ここが本題である。

AIは、溜めるために使うのではない。選別するために使うべきだ。

いまの構図は完全に逆立ちしている。「AIがいずれ使うかもしれないから、全部保存しよう」。この一文が、世界中のデータセンター投資の免罪符になっている。将来の可能性を根拠に、現在の無選別を正当化する。経営会議でこれをやったら、普通は差し戻される。

やるべきは、入口に判定を置くことだ。これは残す価値のある記録か。誰かの判断を将来変えうる情報か。同じ内容が既に一万件存在していないか。人間には到底さばけない量だが、機械にはできる。この判定に計算資源を使えば、その先の保存・冷却・複製・移送にかかる資源が桁で減る。

節約されるのは金だけではない。電力であり、水であり、土地であり、レアメタルであり、それらをめぐる国家間の摩擦である。ある試算では、データセンターが消費する電力の大半は、結局は使われないデータのために費やされているという。冷やしているのは半導体ではなく、他人の見栄だ。

さて、ここまでは世の中の話である。自社に目を移すと、同じ構造がそのまま縮尺を変えて存在している。

共有フォルダの「新しいフォルダ(3)」。誰が作ったか分からない「最終版_修正_最新_v2」。退職者の個人ドライブ。使っていないのに毎月課金される保管領域。

だが、経営者が本当に断捨離すべき対象は、もっと手前にある。社内メールである。

一通を分解してみるといい。用件は一行だ。そこに三行の挨拶、二行の恐縮、五行の曖昧な語尾、そして直前のやり取りの全文引用がぶら下がる。これに関係者五人がCCで乗り、四往復する。用件一行を伝えるために、二十通が生成される。 二十通は保存され、複製され、バックアップされ、書いた本人が退職した後も十年、電気で冷やされ続ける。

これは保存の問題ではなく、生成の問題である。ダークデータの多くは、外から降ってくるのではない。我々が毎朝、自分の手で製造している。

しかも厄介なのは、この無駄が「丁寧さ」として評価されていることだ。単なる非効率なら、指摘すれば直る。だが冗長さが礼儀とされている組織では、削る人間のほうが失礼になる。だから誰も削らない。ここまで来ると、これは業務改善の問題ではなく、言葉そのものの問題だ。この点は別稿「日本人の退化の一つ」で詳しく書く。

棚卸しの順序は、こうなる。

第一に、生成しない。 書かなくていいメールを書かない。CCに乗せなくていい人を乗せない。 第二に、保存しない。 残す基準を先に決め、外れたものは自動で消す。 第三に、それでも残ったものだけを冷やす。

この順序を逆にした瞬間、会社はサーバー会社に貢ぐだけの組織になる。

前提を疑うことと、捨てる基準を持つこと。この二つは、結局のところ同じ一つの仕事である。

保存とは、捨てる判断とセットで初めて成立する。

人間の記憶がそうできている。人は忘れる。忘れるから、大事なことが残る。すべてを記憶している人間を、我々は賢いとは呼ばない。病名で呼ぶ。

組織のデータも、まったく同じである。

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筆者:

齊藤壮太

横浜・世田谷育ち。学生時代は體育會剣道部、體育會本部に所属。大学卒業後、大手総合商社のサラリーマン経験を経て、2024年に起業。20年近い商社勤務の中で、不動産デベロッパー事業、アパレルOEM事業、自動車ディストリビューター・ディーラー事業、製紙事業、経営企画、ERP刷新PJ統括、デジタル推進組織に携わり、うち所属した5つの組織が解体された。従事した業務は、経営管理、予算・事業計画策定、M&A・PMI推進、原料調達、規程・制度導入、システム要件定義・PJ管理・推進、ロジスティクス管理業務など多岐にわたる。起業後は、日本食文化を世界に残すための取り組み、寺子屋講師、経営者のサポートなど幅広い実践経験を通じ、ハンズオンで経営課題に真摯に取り組んできた。

編集後記

「念のため保存」という言葉は、たいてい「考えるのが面倒」の別名である。「念のためCC」も同じ穴の狢だ。

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