2026/9/20

自社株買い② - 自社株買い「餞別」で得をするのは誰か?

前稿「自社株買いとは?ケーキは、大きくなっていない。」で、自社株買いの原資は従業員が稼いだキャッシュだと書いた。今回は、その金がどこへ行くのかを書く。

答えは、驚くほど単純である。

現金を受け取るのは、株を売った人だ。

つまり、その瞬間にもう株主ではなくなった人である。

会社を見限って降りていく人に、残って働く人が稼いだ金が渡される。文化祭を思い出してほしい。クラス全員で汗をかいて稼いだ売上を、来年転校する予定の子にだけ配っている。送別会の餞別としては、少々気前が良すぎる。

「残った株主も一株あたりの価値が上がるのだから、得をしている」という反論は正しい。ただし、その得が現金になるのは、その人がいずれ売ったときである。つまり結局、どこかで降りることが前提になっている。

プールで考えると分かりやすい。みんなで水を足して、水面を上げる。飛び込み台からの高さは変わらないのに、飛び込む人には浅く見えて安心できる。だが、水を足した分の水道代を払っているのは、プールサイドで働いている人たちだ。そして水位が上がって本当に得をするのは、飛び込んで、そのまま帰る人である。

いや、もう一組いる。

報酬が株価に連動している経営陣だ。

自分のテストを、自分で採点している構図と言うと、言い過ぎだろうか。少なくとも、自分の身長を測る定規を、自分で作ってよい立場ではある。しかも、採点基準を「株価」に定めたのは、その人自身が座っている取締役会だ。

ここまでを一行にまとめる。

直線的な成長が難しくなった世界で、従業員が汗して稼いだ金が、会社を見限る投資家と、株価連動報酬を確保したい経営者に配られている。

さて、反論に答えておく。

「資本にはリスクを取った出し手がいる。返すのは正当だ」「東証も資本効率を意識しろと言っている」「従業員持株会やストックオプションで、従業員自身も株主ではないか」。

どれも、もっともである。株主は誰も保証してくれない金を出した人であり、還元そのものは正当な権利だ。従業員と株主がきれいに二分できる時代でもない。単純な善悪の話ではない。

ただし、一つだけ条件がある。

「本当に使い道がない」と証明できた会社だけが、それを言っていい。

現実には、探していないだけの会社が多い。新しい設備も、新しい人も、新しい市場も、探すのには時間がかかり、失敗もする。ところが自社株買いは、取締役会で三十分あれば決まる。

宿題が分からないので白紙で出して、「これが最も効率的な解答です」と言っているようなものだ。

金の使い道を見つけるのが、経営者の仕事である。見つからないから返す、というのは、還元ではなく降参だ。別稿「天井にぶつかった会社は、何を伸ばせばいいのか?定量評価が難しいもの」に書いたとおり、規模の成長が止まること自体は悪ではない。だが、止まったからといって金を配って終わりにするのは、質的成長ではない。ただの終了である。

そして、従業員の側にも書いておきたい。

もっと敏感になったほうがいい。

賃上げの交渉で「原資がない」と言われた同じ年に、自社が数百億円の自社株買いを発表していないか。決算説明資料は、たいてい誰でも読める。あなたが残業して作った利益がどこへ流れたのかは、公開情報である。

ここで、言葉の区別を一つだけ。

「原資がない」と「原資はあるが君たちには回さない」は、まったく違う話だ。前者は事実の問題であり、後者は分配の判断である。ところが交渉の席では、たいてい前者の顔をして後者が語られる。分配の判断なら、判断した人がいる。その人の名前は、有価証券報告書に載っている。

資本家と労働者の利害は、いつも一致するわけではない。むしろ、ある局面では真正面からぶつかる。

そしてこれは、資本主義の欠陥ではない。仕様である。

問題は、ぶつかっていることを、全員で見ないふりをしていることだ。

利害相反は、目を背けても消えない。金が動いた方向にだけ、静かに残る。

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筆者:

齊藤壮太

横浜・世田谷育ち。学生時代は體育會剣道部、體育會本部に所属。大学卒業後、大手総合商社のサラリーマン経験を経て、2024年に起業。20年近い商社勤務の中で、不動産デベロッパー事業、アパレルOEM事業、自動車ディストリビューター・ディーラー事業、製紙事業、経営企画、ERP刷新PJ統括、デジタル推進組織に携わり、うち所属した5つの組織が解体された。従事した業務は、経営管理、予算・事業計画策定、M&A・PMI推進、原料調達、規程・制度導入、システム要件定義・PJ管理・推進、ロジスティクス管理業務など多岐にわたる。起業後は、日本食文化を世界に残すための取り組み、寺子屋講師、経営者のサポートなど幅広い実践経験を通じ、ハンズオンで経営課題に真摯に取り組んできた。

編集後記

「株主還元」という言葉は上品すぎる。誰から取って誰に渡したかを書けば、たいていの決算資料は半分の長さになる。

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