

「いい学校に入って、いい会社に入って、いい給料をもらいなさい」
日本中の家庭で、たぶん今日も何万回と言われている。私はこの言葉自体を否定しない。むしろ、途中までは正しいと思っている。
問題は、この文章に続きがないことだ。
いい給料をもらって、それでどうするのか。誰も言わない。言わないまま子は育ち、その子が親になり、また同じ三行を暗唱する。三代も続けば、目的は完全に消えて、手段だけがピカピカに磨かれて残る。
船を思い浮かべてほしい。
いい学校もいい会社も、要するに船の前のほうの席である。だが前のほうの席がなぜ良い席かというと、景色がいいからではない。そこが櫂を漕ぐ席だからだ。船の進む方向を決められるのは、櫂を握っている人間だけである。
ところが最近、一等船室のチケットだと思って乗り込む人が増えた。案内された先が機関室だと知って、心底がっかりした顔をする。「話が違う」と言う。話は違わない。そもそも聞いていなかっただけである。
なぜ、櫂を持つ人間には高い報酬が払われるのか。
順序を確認しておきたい。先に来るのは苦行のほうだ。
火事のとき、最初に建物に入るのは消防士である。夜中に叩き起こされて出ていくのが医者である。全員が寝ている時間に道路を走っているのが運転手である。みんなが嫌がること、みんなが避けたいことを引き受ける人がいる。だから、その人は敬意を受ける。そして苦行の対価として、他の人と比べものにならない報酬や待遇が与えられる。
志があるから、リワードがある。この順番だ。
成功するかどうかは、実のところ二の次である。我が身を投げ打って社会のために働いた人は、失敗しても尊敬される。歴史に名が残っている人の半分くらいは、事業に失敗している。それでも名が残るのは、何のために漕いだかが残るからだ。
いま起きているのは、この順序の逆転である。
リワードだけが欲しい人が、櫂の席を取りにくる。甲子園には出たくないが、優勝インタビューは受けたい。マラソンは走りたくないが、ゴールテープは切りたい。表彰台だけを買いたい。
そして厄介なのは、こういう人が席取りだけは異様に上手いことだ。志は目に見えないが、席取りの技術は目に見える成果を出す。だから、そういう人から順に前のほうに座っていく。
船の一番いい席に、漕げない人が座っている。しかも本人は、櫂を装飾品だと思っている。
これを亡国の道と呼ばずして、何と呼ぶのか。
ここで、必ず出る反論に触れておく。「滅私奉公は時代錯誤だ」「自己犠牲を美化するな」。
そのとおりだ。私は自己犠牲を勧めていない。順序の話をしている。報酬を受け取ってはいけないなどとは、一言も言っていない。むしろ逆で、重い荷物を持つ人ほど、先に、多く食べるべきだと思っている。
言いたいのはこうだ。報酬は志の後払いであって、前払いではない。そして前払いを要求する人に席を渡し続けると、船は必ず岩に乗り上げる。
そして、この話は若者への説教ではない。
若者に「志を持て」と言うのは簡単だが、志のない人を重用してきたのは誰か。採用したのも、評価したのも、昇進させたのも、我々である。子に「いい会社に入りなさい」とだけ言って、その先を教えなかったのも我々だ。別稿「日本文化の「輪ゴム」化現象」に書いたとおり、一本道を敷いたのは走っている人ではない。
だとすれば、直す場所も決まっている。
自社の昇進の場面で、一度だけ問えばいい。この人は、何のためにその席に座りたいのか。
答えが「そろそろ順番なので」であれば、その席は空けておいたほうがまだ安全だ。漕がない人が握った櫂は、水に入っていないだけならまだいい。たいていの場合、逆向きに漕いでいる。
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筆者:
齊藤壮太
横浜・世田谷育ち。学生時代は體育會剣道部、體育會本部に所属。大学卒業後、大手総合商社のサラリーマン経験を経て、2024年に起業。20年近い商社勤務の中で、不動産デベロッパー事業、アパレルOEM事業、自動車ディストリビューター・ディーラー事業、製紙事業、経営企画、ERP刷新PJ統括、デジタル推進組織に携わり、うち所属した5つの組織が解体された。従事した業務は、経営管理、予算・事業計画策定、M&A・PMI推進、原料調達、規程・制度導入、システム要件定義・PJ管理・推進、ロジスティクス管理業務など多岐にわたる。起業後は、日本食文化を世界に残すための取り組み、寺子屋講師、経営者のサポートなど幅広い実践経験を通じ、ハンズオンで経営課題に真摯に取り組んできた。
編集後記
「何のために」を三回聞かれて答えが変わらない人は、たぶん本物である。二回目で怒り出す人は、たぶん違う。
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