

「身体が資本ですから」
宴席で健康診断の話題になると、必ず出てくる一言である。全員が頷く。誰も反論しない。そして翌日、全員が同じ生活に戻る。
反論されない言葉は、たいてい何も言っていない。
勘定科目を言えるか
資本と呼ぶなら、勘定科目を言うべきである。土地なのか、機械なのか、在庫なのか。何が減り、何を足せば戻るのか。そこまで言って、はじめて経営の言葉になる。
だから、はっきり書く。
意識すべき簿外資本は、筋肉である。
こう言うと、鍛えて見せる話だと思われる。そうではない。筋肉は見た目の装飾品ではなく、5つの実務を同時にこなしている設備だ。順に見ていきたい。
一つ目。支える。

腹筋も背筋も、要するに内臓を入れておく箱の壁である。段ボール箱を想像してほしい。中身の重さが同じでも、箱がへたれば形は崩れる。人間も同じで、壁が薄くなると内臓の位置が下がり、姿勢が崩れ、腰に負担が集まる。
猫背は、気合いの問題ではない。壁の厚みの問題である。
二つ目。動かす。
ふくらはぎは第二の心臓と呼ばれる。心臓の力だけでは、足先まで送った血を押し戻せないからだ。足の筋肉が縮んだり緩んだりして、下から順に血を押し上げている。
バケツリレーと同じで、途中に立っている人が減れば、水は届かない。夕方に足がむくむ、立ちくらみがする、といった現象の一部は、このリレー要員が減った結果である。
三つ目。燃やす。
筋肉は、身体で最大のエンジンだ。安静にしていても、そこで熱が作られている。
ここで、多くの人が言う台詞がある。「食べる量は変わっていないのに、太った」。
不思議でも何でもない。ガソリンの量が同じでも、エンジンの排気量が落ちれば燃え残る。燃え残った分が、腹に積まれていく。中年になって太るのは、意志が弱くなったからではない。搭載しているエンジンが、静かに小さくなっただけである。
四つ目。生む。
近年わかってきたのが、筋肉が物質を出す器官でもあるという点だ。動かすと、マイオカインと総称される物質が分泌され、骨や代謝、脳への作用が研究されている。何がどこまで効くのかは、まだ研究の途中にある。
ただ、方向性ははっきりしている。筋肉は置物ではない。動かすと何かを出す工場である。工場を止めておいて、製品だけサプリで買おうとするのは、順序が逆だ。
五つ目。貯める。

これが、経営者にはいちばん刺さる機能かもしれない。
筋肉は、身体のアミノ酸の貯蔵庫である。大きな病気をしたとき、手術をしたとき、まともに食べられない時期が続いたとき、身体は自分の筋肉を分解して生き延びる。
つまり、筋肉は身体の内部留保である。
平時には何の役にも立っていないように見える。稼いでいるわけでもなく、目立ちもしない。だが有事に、それがあるかないかで結果が分かれる。手術後の回復の速さが人によって違う理由の一つは、ここにある。
現金の薄い会社が一度の不況で消えるように、筋肉の薄い身体は一度の入院で戻らなくなる。
健康診断は、損益計算書しか見ていない
そう考えると、健康診断の見方も変わってくる。あの検査は、いま病気があるかどうかを調べるものだ。有事に耐えられるだけの備えがあるかどうかは、ほとんど教えてくれない。
決算書に例えるなら、損益計算書だけを見て、貸借対照表を見ていないようなものである。今期は黒字です、と喜んでいる隣で、自己資本比率が静かに下がっている。
筋肉は、身体の内部留保である
「身体が資本」は、だから何も言っていない。
言うべきはこうだ。筋肉が、身体の内部留保である。
そして内部留保は、放っておけば増えない。むしろ、毎年勝手に減っていく。
その話は次稿に書く。
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筆者:
齊藤壮太
横浜・世田谷育ち。学生時代は體育會剣道部、體育會本部に所属。大学卒業後、大手総合商社のサラリーマン経験を経て、2024年に起業。20年近い商社勤務の中で、不動産デベロッパー事業、アパレルOEM事業、自動車ディストリビューター・ディーラー事業、製紙事業、経営企画、ERP刷新PJ統括、デジタル推進組織に携わり、うち所属した5つの組織が解体された。従事した業務は、経営管理、予算・事業計画策定、M&A・PMI推進、原料調達、規程・制度導入、システム要件定義・PJ管理・推進、ロジスティクス管理業務など多岐にわたる。起業後は、日本食文化を世界に残すための取り組み、寺子屋講師、経営者のサポートなど幅広い実践経験を通じ、ハンズオンで経営課題に真摯に取り組んできた。
編集後記
自己資本比率は毎月確認するのに、自分の筋肉量は10年測っていない。多くの経営者が、そういう状態にある。
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