

電車に乗ると、鞄にマークを下げている人を見かける。ピンク地に母子の絵が入ったマタニティマーク。赤地に白い十字とハートが描かれたヘルプマーク。それを見れば、この人には席を譲ったほうがいいのだな、と分かる。
優先席は、申告制である
優先席で優先してもらえる理由は単純だ。「私は今、ほかの人より助けが要ります」と周りに示しているからである。
マタニティマークがなければ、妊娠初期の人はほかの乗客と見分けがつかない。ヘルプマークがなければ、外から分からない持病や障害は誰にも見えない。マークは、見えないものを見えるようにする道具だ。示すから、譲ってもらえる。
逆に、何も示さずに「私は弱いので座らせてください」と言っても、周りは戸惑う。冷たいようだが、他人は見えるものでしか判断できない。
戦闘力は、見えない

ドラゴンボールにスカウターという道具が出てくる。片目にかけると、相手の戦闘力が数字で見える。あれがなければ、目の前の男が5なのか1万なのか分からない。
職場の人間も同じだ。誰がどこまでできるのか、何が苦手なのかは、外からは見えない。そして職場には、スカウターがない。
会社にも、優先席に座っている人がいる
会社には、マークを付けないまま優先席に座っている人がいる。
難しい案件は回ってこない。回ってきても、いつのまにか別の人の机に移っている。本人はルーチンの仕事だけを淡々とこなし、評価面談では「自分なりに頑張った」と言う。周りは、あの人にこれ以上を頼んでも無理だと何となく察して、頼むのを避けている。
察するのが、周りの仕事になっている。本人は何も示していない。
それならいっそ、示せばいい。「私は、ほかの人と同じ水準の仕事を求められてもできません。ルーチンだけをやります」と言えばいい。電車のマークと同じで、示した人には周りも配慮できる。仕事の割り振りも、評価も、それに合わせて組み直せる。
困るのは、示さないまま配慮だけを受け取ることだ。マークを付けずに優先席に座り、譲れと言われると寝たふりをする。前回書いた「気づかないふり」の、裏返しの姿である。
本人は、自分が優先席に座っていることに気づいていない。あるいは、気づいていないことにしている。
示すことは、恥ではない

マタニティマークを下げている人を、弱いと笑う人はいない。ヘルプマークを見て、ずるいと思う人もいない。自分の状態を正直に示し、それに見合った配慮を受けているだけだからだ。
ずるいのは、示さずに受け取ることである。
電車の優先席には、ちゃんと表示がある。会社の優先席には、表示がない。だから、座っている本人が札を下げるしかない。
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筆者:
齊藤壮太
横浜・世田谷育ち。学生時代は體育會剣道部、體育會本部に所属。大学卒業後、大手総合商社のサラリーマン経験を経て、2024年に起業。20年近い商社勤務の中で、不動産デベロッパー事業、アパレルOEM事業、自動車ディストリビューター・ディーラー事業、製紙事業、経営企画、ERP刷新PJ統括、デジタル推進組織に携わり、うち所属した5つの組織が解体された。従事した業務は、経営管理、予算・事業計画策定、M&A・PMI推進、原料調達、規程・制度導入、システム要件定義・PJ管理・推進、ロジスティクス管理業務など多岐にわたる。起業後は、日本食文化を世界に残すための取り組み、寺子屋講師、経営者のサポートなど幅広い実践経験を通じ、ハンズオンで経営課題に真摯に取り組んできた。
編集後記
若い頃、上司に「お前は何ができないのか、先に言え」と言われた。できることを並べるより、できないことを言うほうがよほど難しかった。言えた日から、仕事の振られ方が少し変わった気がする。
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