2026/9/28

簿外資本② - 筋肉は、毎年勝手に引き落とされている。

前稿で、筋肉は身体の内部留保だと書いた。今回は、その残高がどう減り、どう増やすかの話である。

先に、いちばん厄介な事実から。

毎年1%の、自動引き落とし

人間の筋肉は、30代を過ぎるとじわじわ減る。年に1%程度と言われることが多い。1年では気づかない。5年でも「まあこんなものか」と思う。10年経って、集合写真の自分を見て固まる。

これは自動引き落としである。手続きの窓口はない。解約もできない。止める方法は一つしかなく、同じ口座に入金し続けることだけだ。

ところが多くの人は、入金だと思っているものが入金になっていない。順に潰していく。

入金だと思っているものが、入金になっていない

「健康診断はオールAだから大丈夫」。あの検査は病気を探すものであって、体力を測るものではない。数値は全部正常、けれども階段で息が上がり、椅子から立つときに「よいしょ」と言う。この人は、診断上は健康である。

「体重は10年変わっていない」。体重計は脂肪と筋肉を区別しない。脂肪が増え、同じだけ筋肉が減れば、数字は微動だにしない。体重が同じまま、中身だけ別人になっているということが普通に起こる。

「毎日1万歩」。立派である。ただし歩数は入金にならない。

「スマートウォッチで睡眠スコア90点」。おめでとうございます。点数は上がった。筋肉は増えていない。計測は運動ではない。ウォッチもリングも、記録係であって選手ではない。

「サウナで整えている」。汗の量と運動量は別物である。しかも、整えた30分後に生ビールと唐揚げで全部戻している人を、私は何人も知っている。

「ジムに入会した」。会費は健康の対価ではない。罪悪感の対価である。年会費を払った瞬間に少し健康になった気がするのは、人類共通の錯覚だ。

「週末に走っています」。心肺には効く。頭も整理される。ただ、加齢で落ちる筋肉を止める力は弱い。走ることは、通帳を眺めながらジョギングしているのに近い。残高は減り続けている。

走るのが悪いのではない。走るだけでは足りない、それだけの話である。

要るのは、筋力トレーニングである

必要なのは、筋力トレーニングだ。骨の密度も、荷重をかけることで維持される。

そして、これは設備投資とまったく同じ構造をしている。毎年少しずつ更新している工場は止まらない。「まだ動くから」と20年放置した設備は、ある日まとめて壊れる。しかも壊れるのは、決まって繁忙期である。

では、何から始めるか。

腕立て伏せから始めていい

腕立て伏せからでいい。

膝をついた形でも構わない。壁に手をついて行う形でもいい。回数は数回から始めて、フォームが崩れる手前でやめる。地味だが、これが一番安全に始められる。

スクワットを勧める記事は多いが、私は最初には勧めない。膝への負荷が大きく、正しい姿勢を教わらずに自己流でやると怪我をする。下半身を鍛えるのは大事だが、それは指導を受けられる環境を作ってからでいい。順番を間違えると、鍛える前に離脱することになる。

懸垂で、残高を確かめる

もう一つ、自分の現在地を知る方法を書いておく。

懸垂である。

『スクール☆ウォーズ』を見た世代には、イソップの懸垂の場面が残っているはずだ。部内でいちばん体の小さかった彼でも、2回はできた。

さて、いまのあなたは何回できるだろうか。

理屈はいい。今度の週末、公園の懸垂機にぶら下がってみるといい。ぶら下がった瞬間に、この記事の主張は全部伝わる。1回も上がらなかったとしても、落ち込む必要はない。それが現在の残高であり、決算書を開いただけのことだ。開かないほうが、よほどまずい。

始めるときのコツは、簡単なところから入ることである。謙遜ではなく、続けるための設計だ。週2回、20分。初日から本格的なメニューを組む人は、3週間で消える。新規事業と同じで、初速より継続率である。

2か月で、鏡の中が変わる

面白いのは、2か月あたりで起きることだ。

鏡の中の自分が、少しだけ変わる。

誰も褒めてくれない。数字にも出ない。自分だけが分かる程度の変化である。だが、ここで多くの人のスイッチが入る。もう少しやるか、と思う。

これは自己満足ではなく、実用的な現象だ。自分の身体は、努力と結果の因果が最短で確認できる事業である。経営判断は、答えが出るまで3年かかることも珍しくない。その3年、人は自分の判断を信じ続けねばならない。2か月で結果が返ってくる場所を一つ持っていることは、その訓練になる。

なぜこれが経営の話なのか

最後に、なぜこれが経営の話なのかを書いておきたい。

やる気が出ない。決めきれない。つい社員に当たってしまう。我々はこれを性格や気分の問題だと考える。反省し、自分を責め、また同じことを繰り返す。

だが感情は、かなりの部分がホルモンによって動いている。前向きさも、落ち着きも、眠りの深さも、体内で分泌される物質の量とバランスに左右されている。

そしてホルモンは、勝手に湧いてくるものではない。材料と、工場と、稼働時間が要る。材料は食事、工場は筋肉と内臓、稼働時間は睡眠である。

特に腸の状態は軽視できない。全身のセロトニンの大半は腸に存在すると言われ、腸内細菌の状態と気分の関連についても研究が進んでいる。腸のセロトニンがそのまま脳に届くわけではないので、腸を整えれば幸せになると言い切るのは行き過ぎだ。ただ、腸が荒れていて機嫌のいい人を、私は見たことがない。

筋トレをする。必要な栄養を摂る。眠る。腸を整える。

これは健康法ではない。ホルモンを適正に出すための設備投資である。

挑戦する意欲は、精神論ではない。身体の出力である。

やる気が出ないとき、我々はたいてい自分の心を疑う。疑うべきは、先週の睡眠と、今月の運動量と、昨日の食事かもしれない。

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筆者:

齊藤壮太

横浜・世田谷育ち。学生時代は體育會剣道部、體育會本部に所属。大学卒業後、大手総合商社のサラリーマン経験を経て、2024年に起業。20年近い商社勤務の中で、不動産デベロッパー事業、アパレルOEM事業、自動車ディストリビューター・ディーラー事業、製紙事業、経営企画、ERP刷新PJ統括、デジタル推進組織に携わり、うち所属した5つの組織が解体された。従事した業務は、経営管理、予算・事業計画策定、M&A・PMI推進、原料調達、規程・制度導入、システム要件定義・PJ管理・推進、ロジスティクス管理業務など多岐にわたる。起業後は、日本食文化を世界に残すための取り組み、寺子屋講師、経営者のサポートなど幅広い実践経験を通じ、ハンズオンで経営課題に真摯に取り組んできた。

編集後記

「忙しくて運動する時間がない」と言う人は多い。その同じ人が、壊れた設備の修理には3日空ける。予定表は、優先順位の記録である。

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