

昼にサラダを食べている人は、健康的に見える。
本人もそう思っている。同僚もそう思っている。写真映えもする。
だが、あの葉っぱの栄養が、どれくらい身体に入っていると思われるだろうか。
野菜の栄養は、金庫の中にある
野菜の有効成分の多くは、細胞壁の内側にある。そして人間は、この細胞壁を分解する酵素を持っていない。よく噛んでも、壁は完全には壊れない。
つまり、金庫に入れたまま持ち歩いて、そのまま出しているようなものである。
金庫の鍵は、熱だ。
加熱すると細胞壁が壊れ、中身が汁に溶け出す。だから鍋であり、味噌汁であり、スープなのである。汁ごと飲むから、溶け出した分まで余さず取れる。トマトのリコピンやにんじんのβカロテンが、加熱して油と一緒に摂ると吸収されやすくなるのも、同じ理屈だ。
「加熱するとビタミンCが壊れる」の検討
ここで、必ず出てくる反論がある。
「加熱するとビタミンCが壊れるでしょう」
この一言で生野菜に戻る人が非常に多いので、少し丁寧に書いておきたい。
まず、ビタミンCが熱に弱いこと自体は事実である。ビーカーに入れた純粋なアスコルビン酸を加熱すれば、確かに減る。研究室の実験結果としては正しい。
だが、その結果を「だから加熱した野菜からビタミンCは摂れない」と読み替えるのは、飛躍が過ぎる。
理由は三つある。
一つ目。台所は、ビーカーではない。ビタミンCの減り方は、温度だけでなく、加熱時間、酸素との接触、pH、金属イオンの有無で大きく変わる。数時間煮込めば別だが、数分火を通した野菜と、実験室で条件を揃えて分解させた試料を同じに扱うことはできない。しかも、そのビタミンCは細胞という構造物の中にある。裸で鍋に放り込まれているわけではない。
二つ目。ゆで野菜でビタミンCが減る主な理由は、壊れたからではなく、溶け出したからである。水溶性なのだから、湯に移る。
ここが肝心なところで、それなら汁ごと飲めばいい。
ゆでてザルにあけ、湯を捨てて、レタスの隣に並べる。この食べ方をした人が「加熱するとビタミンCがなくなる」と言っているのである。なくなってはいない。流しに捨てただけだ。味噌汁と鍋は、この損失がそもそも発生しない構造をしている。
三つ目。ビタミンCは、酸化しても終わりではない。酸化した形に変わっても、体内で元の形に戻され、ビタミンCとして働くことが知られている。形が変わった瞬間に無価値になる、というのは正しくない。
まとめると、こうなる。加熱によるビタミンCの損失は、確かに起きる。だがそれは、汁を捨てたときにいちばん大きく起きる。そして加熱によって、細胞壁の中に閉じ込められていた別の成分が、大量に取り出せるようになる。
差し引きで、どちらが得か。汁ごと食べるなら、加熱のほうが得である場合が多い。
そのサラダの中身は、何か

さて、ここで話を一段進めたい。
そもそも、そのサラダの中身は何だろうか。
レタス類は、9割以上が水である。玉レタスは、栄養密度という点でかなり寂しい。ロメインは玉レタスよりビタミンAやKを含むが、一皿分の重さが軽いので、実際に口に入る絶対量はたかが知れている。要するに、レタスは主役ではない。かさを出すための材料である。
そこで、昨今の1000円を超えるサラダボウルの話になる。
葉物を山盛りにして、上から濃い味のドレッシングをかける。あの濃い味の正体は、油と、糖と、精製された塩だ。おいしいのは当然で、人間がおいしいと感じるように設計されている。
そして値段は1000円を超える。定食が食べられる金額である。
念のため言えば、鶏肉やナッツや豆がきちんと乗っているものは別だ。問題は、葉と油と糖と塩で構成されたものを、栄養だと思って食べている場合である。
買っているのは、栄養ではない
あれは、栄養を買っているのではない。
サラダを食べている自分を買っている。
ブランドのバッグを持っている自分が好きなのと、構造としては同じである。バッグそのものが悪いわけではないのと同様、サラダそのものが悪いわけでもない。ただ、買っているものが中身ではなく自己像だという点は、正直に認めたほうがいい。
体重は減る。減るのは筋肉のほうだ
では、実際に何が起きているのか。
確かに、カロリーは定食より低い。だから太りにくい。ここまでは本当である。
だが、同時に足りていないものがある。タンパク質、亜鉛、鉄、ビタミンB群。筋肉を作り、代謝を回すための材料が、ごっそり抜けている。
カロリーは足りない。材料も足りない。この状態が続くとどうなるか。
体重は減る。ただし、減っているのは、たいてい脂肪ではなく筋肉のほうである。
前々稿に書いたとおり、筋肉は身体の内部留保だ。入ってくる材料がなければ、身体は自分の筋肉を切り崩して回す。売上が細ったときに、投資を止める前に人を切る会社と同じで、まず削られるのは将来の稼ぐ力である。
その結果できあがるのが、あの体型だ。
体重は軽い。腕も脚も細い。なのに腹だけが前に出ている。健康診断の体重の欄は問題なく、本人も「太ってはいない」と思っている。医学的には、隠れ肥満やサルコペニア肥満と呼ばれる状態である。
筋肉が減れば、燃やす力も落ちる。燃やせなければ、少ない食事でも余る。余れば腹に積まれる。細いのに出ている、という一見矛盾した体型は、こうして作られる。
言い方は悪いが、こう書いておく。
サラダボウルの専門店は、その体型を量産する装置として、なかなかよくできている。
繰り返すが、サラダが悪いのではない。生でしか摂れない良さもあるし、あっていい。
本当の問題は、サラダを食べたという事実で、その日の食事を採点し終えてしまうことである。
かさを食べるのか、中身を食べるのか

満足が先に来ると、そこで打ち止めになる。経営でも同じことが起きる。会議を開いた、資料を作った、研修をやった。やった気になった瞬間に、成果の確認が止まる。
対策は簡単だ。まず、色を見ればいい。
淡い緑は、たいてい水である。濃い緑と、赤と、黄と、紫。ほうれん草、小松菜、春菊、人参、かぼちゃ、ブロッコリー。かさは減るが、中身は増える。そして、これらはたいてい加熱したほうが食べやすい。
そのうえで、タンパク質を必ず一品足す。魚でも卵でも肉でも豆でもいい。
かさを食べるのか、中身を食べるのか。この区別を持つだけで、昼食の質はかなり変わる。
なぜ色の濃い野菜なのか。その理由は次稿に書く。
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筆者:
齊藤壮太
横浜・世田谷育ち。学生時代は體育會剣道部、體育會本部に所属。大学卒業後、大手総合商社のサラリーマン経験を経て、2024年に起業。20年近い商社勤務の中で、不動産デベロッパー事業、アパレルOEM事業、自動車ディストリビューター・ディーラー事業、製紙事業、経営企画、ERP刷新PJ統括、デジタル推進組織に携わり、うち所属した5つの組織が解体された。従事した業務は、経営管理、予算・事業計画策定、M&A・PMI推進、原料調達、規程・制度導入、システム要件定義・PJ管理・推進、ロジスティクス管理業務など多岐にわたる。起業後は、日本食文化を世界に残すための取り組み、寺子屋講師、経営者のサポートなど幅広い実践経験を通じ、ハンズオンで経営課題に真摯に取り組んできた。
編集後記
「健康のためにサラダにしています」と言う人は情弱だと思うかもしれないが、情弱は自分が情弱であることを知らない。だから、情弱なのだ。
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