

「コミュニケーションが活発ではない。これが当社の課題です」
社長がこう言い切って全社に配信する。言葉としては明快で、日本語としても間違っていない。しかし受け取った社員の側では、何をどうすればいいのかが一切残らない。会話は成立しているのに、理解も納得も生まれない。経営の現場で最もよく起きている失敗はこれである。
経営者と社員は、同じ日本語を使いながら、共通言語と前提が異なっている。ズレは主に三つの層で起きる。
一つは時間軸である。経営者が課題を語るとき、その頭の中には三年後や五年後の姿がある。社員が生きているのは今週の納期と今日の処理件数である。同じ「急ぐ」でも指している時間の幅が違う。
二つ目は単位である。経営者はP/LとB/Sの金額で世界を見ている。現場は件数、工数、時間、クレーム数で世界を見ている。「利益率を三ポイント改善したい」という文は、経営者にとっては具体的な数字だが、現場にとっては翻訳前の外国語である。
三つ目は責任範囲である。経営者は全体最適の立場から発言し、社員は自分の担当範囲から解釈する。全体の話を自分の担当に引き寄せて聞けば、意味が痩せるのは当然である。
厄介なのは、これが外国語同士の会話ではないことである。英語で話していれば通じていないことが可視化されるが、日本語同士だと双方が「通じたつもり」になる。伝わらなかったという事実にすら気づけない。

課題を発見すること自体は経営者の重要な仕事である。問題はその後にある。発見した課題を、発見したときの言葉のまま社員に渡してしまうことだ。
経営者の頭の中では、部門間の情報断絶が意思決定の遅れを生み、それが納期遅延とクレームとコストに直結している、という因果が見えている。ところが社員に届くのは「もっと喋れと言われた」という命令だけである。因果が抜け落ちた指示は、精神論としてしか受け取れない。そして精神論を受け取った現場は、面談を月一回入れて実施率を報告する、という形式的な対応に落ち着く。誰も悪意はないのに、誰も課題を解けない。
「これが課題です」と言うところで止まる経営者は、実際には課題を社員に丸投げしている。翻訳という工程を省いているからである。

ではどうすればいいのか。答えは、経営企画を翻訳者として使うことである。
経営企画は、中期計画の資料を作る部署でも、経営会議の事務局でもない。経営の言語と現場の言語の両方を話せる、社内でほぼ唯一の部署である。この特性を活かせば、経営者の課題は現場が動ける形に変換できる。
翻訳の実務は具体的である。「利益率を三ポイント改善したい」を「この工程の手戻りを月二十件減らす」に置き換える。「コミュニケーションが不足している」を「見積もり段階で営業と製造が同席する会議を、案件着手前に必ず一回入れる」に置き換える。単位を現場の単位に直し、なぜそれが必要かという因果を保ったまま渡す。ここまでやって初めて、課題は伝わったと言える。
そして翻訳は双方向でなければならない。現場から上がってくる「人手が足りない」「この仕組みは使いにくい」という言葉を、金額とリスクという経営の単位に変換して経営会議に持ち込む。片方向の翻訳しかしない経営企画は、結局のところ通達係になる。
注意点が一つある。経営者が「これを全社に流しておいて」と原文を渡すだけでは、翻訳は起こらない。経営企画に必要なのは、課題の背景、判断に使った数字、選ばなかった選択肢とその理由、そして表現を変える裁量である。原文への忠実さより、意図の再現を優先させる権限を与えなければならない。
伝わらないのは、社員の理解力が低いからでも、経営者の熱意が足りないからでもない。工程を一つ省いているだけである。翻訳者は社内にいる。使うかどうかを決めるのは経営者である。
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筆者:
齊藤壮太
横浜・世田谷育ち。学生時代は體育會剣道部、體育會本部に所属。大学卒業後、大手総合商社のサラリーマン経験を経て、2024年に起業。20年近い商社勤務の中で、不動産デベロッパー事業、アパレルOEM事業、自動車ディストリビューター・ディーラー事業、製紙事業、経営企画、ERP刷新PJ統括、デジタル推進組織に携わり、うち所属した5つの組織が解体された。従事した業務は、経営管理、予算・事業計画策定、M&A・PMI推進、原料調達、規程・制度導入、システム要件定義・PJ管理・推進、ロジスティクス管理業務など多岐にわたる。起業後は、日本食文化を世界に残すための取り組み、寺子屋講師、経営者のサポートなど幅広い実践経験を通じ、ハンズオンで経営課題に真摯に取り組んできた。
編集後記
翻訳という工程は地味で、評価もされにくい。だが経営企画がここを担わない会社では、経営者の言葉は毎回そのまま現場へ落ち、毎回そのまま滑っていく。伝わらない原因の多くは、熱意ではなく設計の側にある。
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