2026/10/4

簿外資本⑥ - 牛は筋肉質だが、草しか食べていない。

牛は、草しか食べていない。

それなのに、全身が筋肉である。あの巨体を、あの筋肉量を、草だけで維持している。

筋肉を作るにはタンパク質が要るはずだ。では牛は、タンパク質を含んだ特殊な草を食べているのだろうか。

違う。

牛は、職人を腹の中で雇っている

牛は、腹の中に微生物を飼っている。反芻胃の中で、微生物が植物を分解し、そこからタンパク質を作る。牛は、そのタンパク質を作った微生物ごと、消化して吸収している。

つまり、牛はタンパク質を食べていない。

タンパク質を作る職人を、腹の中で雇っているのである。

ここから分かることが一つある。何から栄養を取れるかは、口に入れたものだけで決まらない。腸に誰が住んでいるかで決まる。

同じ設備でも、動かす人間が違えば出てくる製品が違う。それと同じことが、腹の中で起きている。

海苔を分解する菌が、日本人の腸にいる

人間にも、これに近い話がある。

海苔に含まれる多糖を分解する酵素の遺伝子を持った腸内細菌が、日本人の腸から見つかった一方で、北米の人の腸からはほとんど見つからなかった、という研究がある。海に住む細菌が持っていた遺伝子を、日本人の腸内細菌が受け取ったと考えられている。

正確に言えば、これは海苔からアミノ酸を作っているという意味ではない。海苔の食物繊維をエネルギーとして使える、という話である。誇張はしない。

だが、示していることは十分に大きい。

同じものを食べても、同じものが取れるとは限らない。

念のためはっきり書いておくが、これは民族の優劣の話ではまったくない。海苔を何百年も食べてきた集団の腸に、海苔を食べられる菌が住み着いた。それだけのことである。

原因は血統ではなく、食卓のほうにある。食べてきたものが、腸を作った。

似た例なら他にもある。酒を分解する酵素の型が弱い人の割合は、東アジアで際立って高い。牛乳を飲むと腹を下す人の割合も、地域によって大きく違う。同じ猫の仲間でも、虎と家猫では食べるものが違う。

人間だけが、世界中どこでも同じものを食べて同じ結果になる。そう考えるほうが、よほど不自然だろう。

3000年かけて、残るものだけが残った

日本に稲作が伝わって、およそ3000年になる。

その間ずっと磨かれてきたのが、ご飯と、味噌汁と、漬物と、海藻と、魚と、発酵食品という組み合わせである。

改めて眺めると、これはよくできている。発酵食品で菌を入れ、食物繊維で菌を養い、煮出した汁でファイトケミカルを回収し、海藻で日本人の腸が得意な繊維を摂る。

誰かが設計したわけではない。3000年かけて、残るものだけが残った。壮大な淘汰の結果である。

しかも、1000円あれば、たいていの定食屋でこれが全部出てくる。

直近30件の注文履歴を眺める

さて、ここで現代の話に戻りたい。

小さな実験をしてみてほしい。スマホのフードデリバリーのアプリを開いて、直近30件の注文履歴を眺める。それが、あなたの食生活である。

開くのが怖い人は、それが答えだ。

旬には、3つの得がある

旬の食材には、3つの得がある。安い。美味い。そして、その季節に体が必要としているものが入っている。

これほど条件の揃った仕入れは、事業ではまず見つからない。取引先がこんな提案を持ってきたら、経営者は即決するはずだ。ところが自分の昼飯となると、多くの人は素通りする。

季節による差は、思っているより大きい。日本食品標準成分表では、ほうれん草のビタミンCが夏採りと冬採りで3倍ほど違うとされている。同じ名前の、同じ見た目の野菜である。中身が違う。

日本人はこれを、言葉の上でも細かく分けてきた。走り、旬、名残。出はじめ、盛り、終わりかけ。同じ食材を3つの季節として味わう。世界的に見て、かなり酔狂な文化である。

そのうえで問いたい。一年中、同じものを食べている人は、経営者として魅力があるだろうか。

同じものを食べ続けることの是非

反論から先に書いておく。同じものを食べるのは合理的だ、という主張には根拠がある。判断の回数を減らせば、頭を大事なことに使える。毎日同じ服を着る経営者が有名なのも、同じ理屈だ。決断疲れは実在する。

だが、服と食事には決定的な違いがある。

服は情報を入れない。食事は入れる。

灰色のTシャツを何枚買っても、そこから何も入ってこない。だが食事は違う。何が採れる季節か、産地で何が起きているか、なぜ今年は高いのか、どんな手間がかかっているのか。1食のうしろに、農業と物流と気候と職人の技術がぶら下がっている。

それを毎日3回、無視できるという特技のほうが、私は心配である。

会社では立派なことを言っている人も多い。持続可能性。地産地消。一次産業の支援。そのスライドを作った日の昼飯が、デスクでかき込んだ袋麺だったりする。

そして会食も、食事として数えないほうがいい。経費で食べたものは、驚くほど記憶に残らない。何を食べたかより、誰と何を話したかしか覚えていない。あれは会議の一形態である。

厨房は、経営の縮図である

もう一つ勧めたいのは、月に何度かでいいので、自分で料理をすることだ。

やってみると気づくが、厨房は経営の縮図である。限られた材料で献立を決める。仕上がり時刻から逆算して火にかける順番を決める。同時に3つのコンロを回す。冷蔵庫の在庫を見て、傷む前に使う。段取り、逆算、並行処理、在庫管理。

そして何より、自分で作ると、他人の仕事の凄さが分かる。あの値段であの品質を出している店が、どれだけ異常なことをやっているか。一度作る側に回ると、外食の見え方が変わる。

季節を感じられない人は、変化を感じられない

最後に、これが経営の話である理由を書く。

季節を感じられなくなった人は、変化を感じられなくなる。

市場の潮目も、社員の顔色も、取引先の温度も、我々は同じ感覚器で捉えている。毎日同じ景色、同じ服、同じ食事、同じ道順。効率としては最適解だが、変化を検知する能力は、変化に触れていないと鈍る。

旬のものを食べるのは、贅沢ではない。季節が変わったことに、身体で気づくための訓練である。

そして、今年の秋刀魚が高いことに気づかない人は、たぶん今年の仕入れ値の変化にも気づいていない。

シェアする→

でシェアする

筆者:

齊藤壮太

横浜・世田谷育ち。学生時代は體育會剣道部、體育會本部に所属。大学卒業後、大手総合商社のサラリーマン経験を経て、2024年に起業。20年近い商社勤務の中で、不動産デベロッパー事業、アパレルOEM事業、自動車ディストリビューター・ディーラー事業、製紙事業、経営企画、ERP刷新PJ統括、デジタル推進組織に携わり、うち所属した5つの組織が解体された。従事した業務は、経営管理、予算・事業計画策定、M&A・PMI推進、原料調達、規程・制度導入、システム要件定義・PJ管理・推進、ロジスティクス管理業務など多岐にわたる。起業後は、日本食文化を世界に残すための取り組み、寺子屋講師、経営者のサポートなど幅広い実践経験を通じ、ハンズオンで経営課題に真摯に取り組んできた。

編集後記

「何でもいい」が口癖の人と食事に行くと、たいてい仕事の話も「何でもいい」の水準で返ってくる。関係ないようで、たぶん関係がある。

2026/10/22

ノブレスオブリージュを知っているか?

会議室でうなずく十人「本件はアジェンダの確認から入ります。前回のエビデンスを踏まえてケイパビリティを棚卸しし、シナジーをドライブしていく方針です」会議室の十人が、そろってうなずく。質問は出ない。1時間後、エレベーターの中で誰かがぼそっと言う。「で、結局、何やるの?」誰も答えられない。発表した本人だけ...

2026/10/21

「鈍感力」という名の悪意③ - 怒られて伸びる人は赤、褒められて伸びる人は緑

同じ課に、同じ職位の二人がいる。給料はほぼ同じだ。片方は毎日取引先を回り、トラブルを収め、若手の面倒を見ている。もう片方は、定型の書類を定時までに仕上げて帰る。どちらも「自分なりに働いている」と言う。会社に、弱いも強いもない会社は、同じ条件で人を働かせる場所である。職位が同じなら、給料も同じだ。そこ...

2026/10/20

「鈍感力」という名の悪意② - ヘルプマークがなければ、弱いとは認めない

電車に乗ると、鞄にマークを下げている人を見かける。ピンク地に母子の絵が入ったマタニティマーク。赤地に白い十字とハートが描かれたヘルプマーク。それを見れば、この人には席を譲ったほうがいいのだな、と分かる。優先席は、申告制である優先席で優先してもらえる理由は単純だ。「私は今、ほかの人より助けが要ります」...

(C) 2026 JSK. All Rights Reserved.