

前稿で、新規事業に必要な6人を並べた。今回は、その6人を動かす側の話をする。
結論から書く。7人目が要る。
そして7人目の仕事は、たった1つしかない。
「そうせい」と言って、失敗したときの責任を引き受けること。
この「そうせい」には元がある。長州藩13代藩主、毛利敬親(1819-1871)のことだ。家臣の献策にほとんど「そうせい」と応じたので、そうせい侯と呼ばれた。決断力のない殿様として長く笑われてきた人である。
だが、その下から高杉晋作も桂小五郎も出た。
あの人は、何も決めていなかったのではない。誰にやらせるかだけを決めて、あとは全部引き受けていた。近年はこの見方での再評価も進んでいる。別稿「リーダーの義務とは?」に書いた「ついていける」という感覚は、たぶんこれに近い。
では、なぜ現代の会社で「そうせい」が言えないのか。
理由は簡単で、失敗したときに自分の名前が残るからである。だから人はこう言う。「もう少し検討しよう」「他社の事例はあるのか」「役員会に諮ってからにしよう」。
そして稟議書が回る。押印欄が7つ並ぶ。

ここが面白いところで、はんこが7つあると、責任は7分の1ずつになるのではない。ゼロになる。全員が「みんなで決めた」と言えるようになるからだ。失敗しても誰も痛くない。痛くない代わりに、誰も本気にならない。
新規事業がだいたい死ぬのは、市場でも技術でもなく、この押印欄である。
さて、ここからは具体的な提案を2つ書く。どちらも「やめること」だ。
1つ目。メインストリームの管理職に対するコンサルタント研修をやめる。
中身はたいてい他社事例の紹介と、発想法のもっともらしい解説である。他人の答案を見せて「こう書くと点が取れます」と教える塾のようなものだ。ところが本番で配られるのは、白紙の問題用紙である。問題文すら書いていない。
2つ目。若手中心のアイデアコンテストをやめる。
視野が社内に閉じているので、出てくるのは学園祭の出し物の企画とそう変わらない。悪いのは若手ではない。社内しか見ていない人間に、社外の話をさせているほうが無理筋なのだ。
では、なぜ会社はこの2つをやめられないのか。
やった証拠が残るからである。
研修は写真が撮れる。コンテストは表彰式ができる。社内報に載る。株主総会で「新規事業創出に取り組んでおります」と言える。取り組みの実績としては満点だ。成果はゼロだが、活動報告としては完璧という、恐ろしく効率の良い仕組みである。
代わりにやることは、地味だ。
これまで自分が重用してこなかった人材を、一度真面目に見る。
異動のたびに希望が通らなかった人。会議で妙なことを言って浮いた人。評価は中の下だが、なぜか他部署から名前が挙がる人。ベンチに座らせたまま、名前もろくに覚えていない選手が、何人かいるはずだ。
そして、最後に最も多い失敗を書いておく。
集めた後に「自由にやっていいよ」と言って、予算も権限も期限も与えないことだ。
それは任せたのではない。放置しただけである。任せるなら、4つを紙に書く。使っていい金額。決めていい範囲。いつまでやるか。そして、どうなったらやめるか。
最後の1つは特に大事で、別稿「「経営者の仕事」を一言でいうと?」に書いたとおり、撤退基準は始める前にしか決められない。始めた後では、必ず情が入る。
火は、材料の隣に人を立たせただけでは、つかない。

誰かが、燃えていいと言う必要がある。そして、燃え広がったときに消火の責任を負う人の名前が、そこになければならない。
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筆者:
齊藤壮太
横浜・世田谷育ち。学生時代は體育會剣道部、體育會本部に所属。大学卒業後、大手総合商社のサラリーマン経験を経て、2024年に起業。20年近い商社勤務の中で、不動産デベロッパー事業、アパレルOEM事業、自動車ディストリビューター・ディーラー事業、製紙事業、経営企画、ERP刷新PJ統括、デジタル推進組織に携わり、うち所属した5つの組織が解体された。従事した業務は、経営管理、予算・事業計画策定、M&A・PMI推進、原料調達、規程・制度導入、システム要件定義・PJ管理・推進、ロジスティクス管理業務など多岐にわたる。起業後は、日本食文化を世界に残すための取り組み、寺子屋講師、経営者のサポートなど幅広い実践経験を通じ、ハンズオンで経営課題に真摯に取り組んできた。
編集後記
「任せた」と言った人が、失敗の報告を受けて最初に「なぜ相談しなかった」と言う。あれで社内の挑戦は5年止まる。
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