

御恩と奉公。中学の歴史で覚えさせられた熟語である。
たいていの人は、これをギブアンドテイクだと理解している。土地をもらう代わりに戦う。よくできた取引だ、と。
そこが違う。
取引なら、条件が悪くなれば乗り換える
取引なら、条件が悪くなった時点で乗り換える。時給1,100円のバイト先の隣に1,200円の店ができれば、人は移る。それが取引であり、悪いことでも何でもない。
ただ、取引の相手のために、火の中に飛び込む人はいない。
御恩と奉公で結ばれた家臣は、実際に死ぬところまで行った。命は、土地何反かと交換できるものではない。ということは、あれは取引ではなかったということだ。
三つの前提
では、何が前提にあったのか。
三つある。
一つ目。殿と家臣という、対等ではない関係があること。
現代人はここでつまずく。対等でないことを、すぐ不当だと感じるからだ。だが、対等な契約者同士の関係からは、この種の結びつきは生まれない。契約書に書ける関係は、契約書に書いたところまでしか届かない。
二つ目。信頼を超えた義があること。
信頼というのは、要するに「この人は約束を守る」という予測である。予測が外れれば、信頼は消える。だから信頼は、まだ計算の内側にある。
義は、その外にある。損得の計算とは別の場所で、その人と組むと決めている状態のことだ。
三つ目。これが本題である。
殿の功名が、自分の功名だと本気で思えること。

リレーを思い出してほしい。アンカーがゴールテープを切った瞬間、第一走者も一緒に飛び上がって喜ぶ。あの人はテープを切っていない。自分の手柄ではない。それなのに、自分の勝ちとして喜んでいる。
自分と他人の境目が、そこだけ溶けている。
御恩と奉公が成り立っていた関係は、あれである。殿が新しい土地を得たとき、家臣は他人事として眺めていたのではない。俺たちが取った、と思っていた。
だから殿のほうも、こう考えていた。俺の働きは、家臣の働きにかかっている。
ここまで来て、はじめて命を懸けられる。
言葉と制度が食い違うとき
さて、現代の会社である。
社長が「うちは家族みたいなものだから」と言う。本気で言っている場合も多い。
だが同じ会社で、評価は相対評価である。順位がつき、誰かが下になる。家族で順位はつけない。
言葉と制度が食い違っているとき、社員が信じるのは制度のほうだ。当たり前である。言葉はタダだが、制度には金が動くからだ。
自分の会社を測る方法を、一つ書いておく。
社長がメディアに出た日、社員はどう思っているか。
誇らしいと思っているなら、御恩と奉公は生きている。「あの人だけ目立って」と思っているなら、もう死んでいる。
これは社員の性格の問題ではない。関係の問題である。
ここで、順番の話をしておきたい。
御恩と奉公は、どちらが先か。

御恩が先である。
鎌倉幕府の御恩は、大きく二つあった。いま持っている土地の所有を認めること。そして、新しい土地を与えること。奉公はその後に来る軍役だった。
つまり、殿が先に出す。まだ何もしていない相手に、先に渡す。
別稿「リーダーの義務とは?」で、信頼は正しさの前払いだと書いた。ここも同じ構造をしている。先に出した者だけが、後から命を懸けてもらえる。
先に成果を出せ、出したら報いる。この順序で運用している会社は多い。合理的に見えるし、実際、短期的には損をしない。
ただしその会社が手に入れているのは、奉公ではない。労務の提供である。
制度ではなく、関係の名前である
最後に、いちばん大事なことを書く。
御恩と奉公は、制度ではない。関係の名前である。
制度だけを真似ると、ただの雇用契約になる。契約は契約で必要だが、契約から義は生まれない。
そして、この関係にはもう一つ、決定的な前提がある。それが揃わなくなったとき、御恩と奉公は制度ごと崩れた。
その話は、次稿に書く。
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筆者:
齊藤壮太
横浜・世田谷育ち。学生時代は體育會剣道部、體育會本部に所属。大学卒業後、大手総合商社のサラリーマン経験を経て、2024年に起業。20年近い商社勤務の中で、不動産デベロッパー事業、アパレルOEM事業、自動車ディストリビューター・ディーラー事業、製紙事業、経営企画、ERP刷新PJ統括、デジタル推進組織に携わり、うち所属した5つの組織が解体された。従事した業務は、経営管理、予算・事業計画策定、M&A・PMI推進、原料調達、規程・制度導入、システム要件定義・PJ管理・推進、ロジスティクス管理業務など多岐にわたる。起業後は、日本食文化を世界に残すための取り組み、寺子屋講師、経営者のサポートなど幅広い実践経験を通じ、ハンズオンで経営課題に真摯に取り組んできた。
編集後記
「うちは家族だ」と言う会社ほど、家族には絶対にしないこと(順位づけ、査定、切り捨て)を平然とやっている。言葉より制度を見たほうが早い。
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