

江戸時代の武士は、戦をしていない。
二百数十年、大きな合戦がなかった。武士とは戦う者のことだったはずなのに、戦う機会がない。
では、何で評価されたのか。
失敗しないこと。家格。そして順番である。
火事の起きない街の消防署
消防署を想像してほしい。火事が一件も起きない街の消防署だ。誰も出動しない。すると、評価されるのは誰か。
消防車をいちばん綺麗に磨いている人である。
これは笑い話ではない。人は、目の前にある物差しに向かって最適化する生き物だ。物差しが磨き具合しかないなら、全員が磨きはじめる。合理的な行動である。
取る土地がなくなると、話が反転する

前稿までに見たとおり、御恩と奉公は、取る土地があるあいだは見事に機能した。主君が勝てば家臣の分も増える。全体が増えるから、殿の功名が自分の功名になった。
だが取る土地がなくなると、話が反転する。
分け前の総量が固定されるからだ。
ホールケーキを10人で分けている場面を想像すればいい。ケーキは増えない。この状況で自分の皿を大きくする方法は、たった一つしかない。
誰かの皿を小さくすることである。
こうなると、隣にいる同僚は仲間ではなくなる。分け前を争う相手になる。そして、うまく多く取る工夫をした者が、実際に多く取れる。
社会全体が農耕化した、という言い方をしてもいい。狩りに出て新しい獲物を取ってくるのではなく、決まった田をどう分けるかを話し合う世界である。
相対評価は、パイが増えない前提の制度である
さて、現代の会社である。
多くの会社が採用している相対評価という仕組みは、この構造をそのまま制度にしたものだ。
相対評価とは、順位をつけることである。上位何%がA、下位何%がC、と決まっている。
ここに、あまり語られない性質がある。
全員が去年より良くなっても、誰かは必ずCになる。
学級のテストで全員が90点を取っても、5段階の成績はつく。それと同じだ。絶対的にどれだけ伸びたかは、評価に反映されない。反映されるのは、隣の人との差だけである。
つまり相対評価は、会社の成長を前提にしていない。
もっと言えば、パイが増えないことを前提に設計された制度である。増えない前提だから、順位で配るしかない。
制度に正直なだけである
この制度のもとで、社員が取る合理的な行動を並べてみる。
同僚には教えない。うまくいったやり方は共有しない。情報は握っておく。他部署の失敗は、内心で歓迎する。
性格が悪いのではない。制度に正直なだけである。
そして、これは「殿の功名が自分の功名」の完全な裏返しだ。隣の功名が、自分の損になっている。
停滞した瞬間に、全部が露出する
成長しているあいだは、この歪みは表に出ない。ポストが増え、予算が増え、給与原資が増えるからだ。増えている限り、隣が伸びても自分の分は減らない。
停滞した瞬間に、全部が露出する。
社内政治が急に増えた、部門間の対立が目立つようになった、優秀な人から辞めていく。経営者はこれを「人の質が落ちた」と受け取りがちだが、たいていは違う。
人は変わっていない。パイが止まっただけである。
別稿の評価制度シリーズにも書いたが、単年の結果で順位をつける仕組みのもとでは、リスクを取らず問題を先送りした人がいちばん高く評価される。停滞と相対評価が組み合わさると、この傾向はさらに加速する。
処方箋を五つ挙げる
では、どうするか。処方箋を五つ挙げる。
一つ目。フロンティアを人工的に作る。
取る土地がないなら、開墾するしかない。新規事業でも、新しい地域でも、既存事業の未着手領域でもいい。重要なのは、そこが誰の取り分でもない土地であることだ。既存部署から予算を切り取って始めた新規事業が必ず嫌われるのは、それが開墾ではなく略奪だからである。
二つ目。開墾した分は、開墾した人のものにする。

743年に一度、この国はこれをやった。墾田永年私財法である。あの法が人を動かしたのは、精神論ではなく、増えた分の帰属を先に決めたからだ。
新しく作った利益の一部が、作った本人と部隊に返る。そう先に決めておく。決めていない開墾に、人は命を懸けない。
三つ目。相対評価をやらない区画を作る。
全社を絶対評価に切り替えるのは、現実には難しい。だが、挑戦する部隊だけを相対評価の外に置くことはできる。順位で配る場所と、増やした分で配る場所を分ける。
四つ目。分け前の基準を、取り分ではなく増やした分に変える。
誰がどれだけ取ったかではなく、その人が入ったことで全体がいくら増えたか。これで測ると、教える人、共有する人、他人を伸ばす人の評価が上がる。相対評価では、この三種類が最も損をする。
五つ目。それでも土地がないなら、深く掘る。
外に広げられないなら、質のほうへ伸ばすしかない。別稿「成長② - 天井にぶつかった会社は、何を伸ばせばいいのか?定量評価が難しいもの」に書いたとおり、規模が止まることと衰退することは別である。ただし、こちらは数字が出にくいぶん、経営者の目利きが直接問われる。
フロンティアを絶やさないこと
最後に、この連載の結論を書く。
御恩と奉公は、フロンティアを追いかけているあいだしか機能しない。
土地が動いていた時代には成立し、元寇で配るものがなくなった瞬間に壊れ、戦国で復活し、天下統一とともにまた失われた。千年かけて、同じことが繰り返されている。
だとすれば、経営者の仕事は一つに絞られる。
フロンティアを絶やさないことである。
社員の忠誠心が足りない、当事者意識がない、と嘆く経営者は多い。だがその前に、確認すべきことがある。
うちには、取る土地が残っているか。
なければ、開墾するしかない。精神論で人は動かないが、増える場所があれば人は勝手に走り出す。千年前から、そこは何も変わっていない。
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筆者:
齊藤壮太
横浜・世田谷育ち。学生時代は體育會剣道部、體育會本部に所属。大学卒業後、大手総合商社のサラリーマン経験を経て、2024年に起業。20年近い商社勤務の中で、不動産デベロッパー事業、アパレルOEM事業、自動車ディストリビューター・ディーラー事業、製紙事業、経営企画、ERP刷新PJ統括、デジタル推進組織に携わり、うち所属した5つの組織が解体された。従事した業務は、経営管理、予算・事業計画策定、M&A・PMI推進、原料調達、規程・制度導入、システム要件定義・PJ管理・推進、ロジスティクス管理業務など多岐にわたる。起業後は、日本食文化を世界に残すための取り組み、寺子屋講師、経営者のサポートなど幅広い実践経験を通じ、ハンズオンで経営課題に真摯に取り組んできた。
編集後記
「もっと会社全体のことを考えろ」と言う前に、会社全体が良くなったときに得をする人が社内に何人いるかを数えてみるといい。たいてい、驚くほど少ない。
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理想の組織① - 「功名とは何か?」――取る土地があった時代の話

評価とは① - 「評価とは何か?」――順位で配るという発想の限界

成長② - 「天井にぶつかった会社は、何を伸ばせばいいのか?定量評価が難しいもの」――外に伸びないときにどこを伸ばすか

「「経営者の仕事」を一言でいうと?。」――開墾のための原資