2026/9/24

消費税が下がれば、楽になる。

スーパーの卵売り場で、パックを手に取り、値札を見て、棚に戻す。隣の奥さんも同じ動作をしている。レジ横のテレビでは、誰かが消費税を下げると言っている。奥さんが小さくうなずく。

気持ちは分かる。私もうなずきかけた。だが、そのうなずきの一瞬に、この国の財布の穴がきれいに隠れている。

物価を押し上げているのは、円の安さである

今の値上げの大元は、円が安いことだ。小麦も、飼料も、燃料も、電気の元になるガスも、海の向こうからドルで買っている。円の値打ちが下がれば、同じ量を買うのに要る円が増える。卵が高いのは、鶏が怠けたからではない。

では、なぜ円は安いのか。円を買う人が少ないからだ。欲しがる人が少なければ値が下がる。為替の理屈は、それ以上でも以下でもない。

稼いだドルは、帰ってこない

かつて輸出企業は、海外で稼いだドルを円に替えて持ち帰った。工場を建て、給料を払い、下請けに発注した。その「替える」という行為そのものが、円を買い支えていた。

今は違う。ドルで稼ぎ、ドルのまま海外の工場や会社に投じる。円に替える理由がない。

商店街の店が、売上を隣町の銀行に預け、隣町に二号店を出す。店は繁盛している。帳簿も立派だ。だが商店街には一円も落ちない。シャッターが一枚ずつ下りていくのを、店主は隣町の新店から眺めている。

経営者を責める話ではない。人口が減り、需要が細る国に工場を建てれば、株主総会で吊し上げられる。合理的な判断を積み重ねた結果、国全体が痩せていく。 悪人は一人もいない。だから厄介なのだ。

海外の投資家も同じ目で見ている。伸びる市場も、新しい産業も見えない国の通貨を、わざわざ持つ理由がない。円は、稼いだ本人にも、外の人間にも選ばれていない。

減税は、ひみつ道具である

そこへ消費税減税である。

ドラえもんを見て育った世代なら、筋書きは覚えているはずだ。のび太が困る。道具を出してもらう。最初はうまくいく。調子に乗って使い続ける。最後は前より悪い場所に落ちる。道具が悪いのではない。根っこに手をつけず、道具で当座をしのいだことが悪い。

消費税を下げれば、レジの数字は一時的に下がる。だが財源が曖昧なまま下げれば、穴は国債で埋めることになる。借金の膨らむ国の通貨を、市場は好まない。円はさらに売られ、輸入品はさらに高くなる。下げた分を、円安が裏口から回収していく。

湯船の栓を抜いたまま、お湯を足しているようなものだ。足しているあいだは温かい気がする。湯量は一向に増えない。

下げた税は、戻せるのか

もう一つ。下げた税を、誰が上げ戻すのか。

消費税は1989年に3%で始まり、5%、8%、10%と上がってきた。10%への引き上げは二度延期された。上げるのがどれほど難しい税か、この国はよく知っている。一度下げたものを「約束どおり戻します」と選挙の前に言える政治家が、現れるとは思えない。

これも政治家個人の資質の話ではない。票をくれる人に、痛い話はしにくい。誰がその席に座っても、同じ力が働く。「期間限定」は、期間を誰も覚えていない頃に、恒久になる。

見るべきは、税率ではなく円の行き先

では何を見るべきか。レジの税率ではない。稼いだお金が、この国に戻ってくる理由があるかどうかだ。国内に投じる価値のある事業があるか。外の投資家が円を持ちたくなる産業があるか。それが見えない限り、税率をいくらいじっても、円は安いまま、物価は高いままである。

卵のパックを戻した奥さんは、減税の翌年も、同じ棚の前で同じ動作をしているだろう。値札の数字だけが、少し変わって。

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筆者:

齊藤壮太

横浜・世田谷育ち。学生時代は體育會剣道部、體育會本部に所属。大学卒業後、大手総合商社のサラリーマン経験を経て、2024年に起業。20年近い商社勤務の中で、不動産デベロッパー事業、アパレルOEM事業、自動車ディストリビューター・ディーラー事業、製紙事業、経営企画、ERP刷新PJ統括、デジタル推進組織に携わり、うち所属した5つの組織が解体された。従事した業務は、経営管理、予算・事業計画策定、M&A・PMI推進、原料調達、規程・制度導入、システム要件定義・PJ管理・推進、ロジスティクス管理業務など多岐にわたる。起業後は、日本食文化を世界に残すための取り組み、寺子屋講師、経営者のサポートなど幅広い実践経験を通じ、ハンズオンで経営課題に真摯に取り組んできた。

編集後記

卵を棚に戻すたびに、減税の話を思い出す。1パック数十円の差を国が埋めてくれるなら助かる。ただ、その数十円を払うのが10年後の自分だと気づくと、卵を持つ手が少し重くなる。

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